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2013年7月に旧首都ヤンゴンの南にあるコーム地区中央図書館で移動図書館の始動式が行われた。式典にはノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー、沼田日本大使、図書館関係者、小・中・高等学校校長、村長など数百名が出席した。
ミャンマーで移動図書館第一号となる立派な日本製バスは会場の前に置かれ、多くの人々の目を引いていた。中央図書館の一部には移動図書館プロジェクトのためのオフィスが新たにつくられ、本、本棚、コンピューターも設置され、バスの始動に向けて準備されていた。
式典では、アウンサンスーチーが、「子供のうちから読書の楽しさを知ってもらいたい、本から得る知識は明日のミャンマー発展のために大いに役立つ。」と挨拶した。

筆者が、このプロジェクトにどのような経緯で参加することになったかは後述することにして、まず移動図書館が2013年7月29日に本格的にスタートしてから、コーム地区の子供達や地元の人々がどのようにこのプロジェクトを受け入れたかを伝える、9月15日付「ミャンマータイムズ紙」の記事を紹介したい。

「移動図書館が学校に来る日は、とても幸せです。」と、9年生の男子学生が9月10日にミャンマータイムズの記者に話しました。
「私は村の図書館に何度か通ったけれど、使い古した本と雑誌しかなかった。移動図書館は在庫が豊富で、最近出版されたたくさんの本があります。」
「このプロジェクトはアウンサンスーチーの独創的な案で始まりました。彼女はイギリス在住中に移動図書館で恩恵を受けていた経験を思い出したのです。」そのように語るウータンタンコーは、移動図書館プロジェクトの監督であり、またドーキンチー財団の一員です。財団の名称はアウンサンスーチーの亡母キンチーさんの名前からつけられています。彼の話によりますと、
「スーチーさんはかなり長い間、ミャンマーに移動図書館の設置を希望していました。

彼女のオックスフォードからの友達である宮下夏生さんがついに寄付をしてくれる人を見つけてくれました。」最初の2台のバスが日本の日野自動車から寄贈され、コーム地区でスタートしました。

  • コーム地区はアウンサンスーチーの選挙区で127,496人の人口を有しています。
  • バスは現在その地区の126村の内の21村を巡回しています。:1日に1村の割合でバスは訪問しますが、もう一つの村が近くて道が良いときは2か所訪問します。
  • バスは学校の図書館あるいは村の図書館に据えられ、3時間滞在します。
  • バスは2週間後に戻り、本を返却してもらい、また新しく貸し出しを行います。
  • 現在のところ、移動図書館プロジェクトは国内外の寄付により15,000冊以上の在庫を保有しています。500種類の本があり、同じタイトルの本を30冊ずつ揃えています。
  • 主題は子供のための道徳話、自己促進教本、有名なフィクション小説、参考書、農業と自己開発、衛生教育で、すべてがミャンマー語の本です。
  • 各学生や村民は2冊の本を2週間借りることが出来、希望があれば更に2週間延期できます。

しかし、子供達にとっては、2週間という期間は長すぎるようです。彼達は1冊の本を2日で読み上げてしまうので、「もっと頻繁にバスが来てほしい。」と言い、次にバスが来るまで、読み終えた本を友達と読みまわしている、とのことです。
村々をもっと頻繁に移動図書館が訪れることについて運営責任者に尋ねたところ、「道路事情が悪いため、頻繁に訪れることは困難です。」
「昨日、私たちはある村を訪れるのに2時間もかかってしまいました。古い道路は大きいバスが訪問するには不可能に近いことです。」
「実は、交通手段が難しい所ほど移動図書館の重要性が増すわけです。
過去において彼達が本を読みたいときは図書館に行っていました。今は、図書館が読みたい本を運んできてくれるので楽になったということです。」と彼は言っています。
キンチー財団は移動図書館の運営にあたっては、情報省と教育省と緊密に進めています。
「コーム地区には126の村があり、バスは21の村を訪れます。28の村に図書館がありますが、図書館であっても充分な本を所蔵していません。」とコーム地区の役場の情報課課長が語っていました。移動図書館はいつも村民に温かく迎えられています、村々ではバスが来ると音楽を流してくれています。
「プロジェクトに携わっている職員は、村民たちが移動図書館に対して熱意と興味を抱いている姿を見て大変喜んでいます。
現在、一日200名単位で会員数が増えています。始動後の最初の1週間で1000人が会員登録しました。今では4000人以上の会員と思われます。将来、延び率はさらに多くなるでしょう。」とプロジェクト監督は言っています。
「多くの学校で生徒たちは私達の移動図書館の会員になりたがっています。近い将来、何百もの移動図書館が国中を走ることを私達は願っています。」と新聞記事は住民や学生たちの声を伝えていた。

2011年1月アウンサンスーチーが計15年に渡る家宅軟禁から解放された2か月半後にヤンゴンの自宅を筆者は訪問した。24年ぶりの再会で1時間半ものおしゃべりの中で、「スー、私で何か出来ることがある?」と尋ねた答えが「移動図書館!」だった。「この国では本が不足しています。思う存分子供達に本を読ませたい。」というのが彼女の強い願いだった。
帰国後、筆者はすぐに活動を始めた。幸い友人が日野自動車の元社長(白井氏)を知っていて、スーチーさんの願いを伝えたところ、「2台用意しましょう!」と即答された。会社の職員たちは「社運をかけてのプロジェクト」と言って、左ハンドルの車をつくるベトナム工場でつくらせた。車内に本棚や扇風機、音響設備も付け、船でヤンゴン港まで運んでくれた。
ミャンマーの道路事情にも持ちこたえるようにと、丈夫でしっかりとした車輪もつけてくれた。
外装は筆者の父・画家 宮下廣吉の「雪国の童」が採用された。雪景色を見たことのない子供達にスキーやソリを見せるだけでなく、2011年3月11日の震災と津波の出来事をミャンマーの子供たちに知ってもらうためだった。ハリケーン「ナルギス」で10万人以上もの生命を落としているミャンマーの人たちに共に悲しみを乗り越えてほしかったからだ。

今や、この白地(しろじ)に東北の子供達の絵の移動図書館車は村人に大歓迎されているという。音楽まで鳴らして、車の到着を村人に知らせてくれるという。
スーチーさんはこのような移動図書館をミャンマー全14管区・州に設置しましょうと、プロジェクトの監督や責任者たちに熱心に促した。

これからは、「図書館車の窓」読者の皆様にもご協力していただいて、中古車でも廃車にする予定の移動図書館車を私共に紹介していただきたい。皆様からの良いお知らせをお待ちしております。

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